May 31, 2015

世界人権宣言 第一条 Universal Declaration of Human Rights Article 1

世界人権宣言 第1条 

すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利と について平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。

* 第14条 法の下の平等 日本国憲法

* Beethoven Symphony 9 "Choral" 4th Mov. MP3 Beethoven Symphony 9 "Choral" 4th Mov. MP3

Universal Declaration of Human Rights Article 1.

All human beings are born free and equal in dignity and rights.They are endowed with reason and conscience and should act towards one another in a spirit of brotherhood.

* Article 14 Equality under the Law The Constitution of Japan

Beethoven Symphony 9 "Choral" 4th Mov. MP3 Beethoven Symphony 9 "Choral" 4th Mov. MP3

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Malala Yousafzai Nobel Peace Prize Speech

Malala Yousafzai, a Muslim girl from Pakistan who was shot by Taliban but rehabilitated via UK Hospital and got Nobel Peace Prize 2015, a courageous example of true rehabilitation after brain injury.

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May 04, 2015

My Freedom Trail of Boston

My Freedom Trail of Boston
A Guided Tour of Hometown Geography and History

June to August, 2003


      "The way we understand a town is classified into three," a famous Japanese folklorogist Kunio Yanagida explains, "First one is the understanding from a traveler's view point. Second is that from a resident's view, and third a citizen's." Although it may take years to really understand a town, the author wishes to approach into resident's view because it is the third visit to Boston and he loves it. We, the international students from the world, make 5 tours to Boston neighborhood guided by Prof. Jose Calvalho, a native citizen born in Cape Cod and settled into Boston. Although Boston has many places for travelers to visit such as museums, churches, or colleges, this tour will be another one of hometown geography along with its history. Before going to North End, Chinatown, Beacon Hill, South End, and Back Bay, let us search the City of Boston in general.




      The themes of the author's report are as follows: Why are Americans and especially Bostonians so proud of their history and hometown? Of course, it may be because Boston is the origin of American Independence on July 4, 1776, origin of democracy, and the capital of intellect. How did immigrants and citizens develop the City of Boston followed by successful development of the U.S. in general? Why are Americans so patriotic?

My Freedom Trail Boston

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February 03, 2012

Sadako Peace Garden サダコ ピースガーデン

Sadako Peace Garden サダコ ピースガーデン


Sadako Sasaki has become a symbol of peace prayer and education both domestically and interculturally.

Got radiated by A-bomb Hiroshima at the age of 2, an active girl Sadako Sasaki turned to suffering from leukemia and was hospitalized. "Fold 1,000 paper cranes, and your wish comes true," recommended by a friend and Sadako challenged using right-squared medicine paper. She finished first 1,000 paper cranes but died after folding 644 cranes at her second trial. Her classmates finished folding 1,000 paper cranes, raised fund and constructed The Statue of Children of A-bomb. She wrote, "I will write peace on your wings and you will fly all over the world." Now children all over the world make a prayer of peace, fold 1,000 paper cranes, and send them to Hiroshima. Sadako's word did come true.
(Picture at Sadako Peace Garden, Santa Brabara, CA. Nuclear Age Peace Foundation holds Sadako Peace Festival in August every year.)

2歳で広島の原爆の放射能を浴びた佐々木禎子さん は、白血病を病み入院する。「千羽鶴を折りなさいよ、そしたら願いが叶うよ。」との友人の薦めにサダコは薬包紙で挑戦する。最初の千羽を達成し、2回目の 挑戦の途中で、644羽折りながら亡くなった。クラスメートが千羽まで折り、募金を集め、原爆の子の像を建設する。「私はお前の翼に平和を書く、そしたら お前は世界中を飛び回る。」サダコの文がここに彫られている。今や、世界中の子供達が平和を祈り、千羽鶴を折り広島へと送る。サダコの願いは叶った。
(写真は、カリフォルニア サンタバーバラの サダコ平和庭園. Nuclear Age Peace Foundation は、サダコ平和フェスティバルを毎年8月に行う。)


Sadako Peace Garden サダコ ピースガーデン

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インターナショナル 幸の花づなの会、と PEACE Ashram. International Sachi no Hanaduna Association

インターナショナル 幸の花づなの会、と PEACE Ashram. International Sachi no Hanaduna Association


Sachi no Hanaduna, international exchange programs in collaboration with students from overseas and citizens proposed by wife and followed by husband. Appreciating that their son being student of far high-school and university either domestic or abroad and supported by neighbors, they wished to support and exchange students from overseas with citizens in such a kind and pure motive. Introducing each cultural dish to neighbors, digging wells, donating digging machines, guiding agriculture of Japonica rice there, charity concert every year, or vitalizing their village by international exchange. Bangladesh,, Sri Lanka, Cambodia, and other exchange students living in Gift willingly join the activities.

婦唱夫随で始められた国際交流の幸の花 づな、最初は、子息が遠くの高校や国内、海外の大學で近隣にお世話になっているから、私たちも遠く離れた留学生をお世話し、市民と交流したいという、心優 しい純粋な発露から始められた。各国の料理を皆に紹介する事などから始め、井戸掘り、その器機の寄贈、そして農業指導まで。また年一度のチャリティーコン サートや、国際交流での村おこしにと地に足のついた活動である。バングラデシュ、スリランカ、カンボジアなど、そして岐阜在住の留学生が喜んで参加してい る。

While I failed to keeping Senshu Youth Peace Conference, Osaka, trying to initiate Gifu Youth or Gifu Peace Conference in 1990s I saw Mr. Yasuo and Mrs. Yukiko Watanabe from Hashima City, Gifu, who had started a volunteer activity since as early as 1980s. They have moved to Kakamigahara, and now wife's home village of Kakino, Yamagata City, Gifu.
90年代、泉州青年平和会議の継続に心残りながら失敗、岐阜青年平和会議、岐阜平和会議と模索しつつあった時に、すでに80年代からボランティア活動されている、当時 羽島市の渡辺泰男、由紀子夫妻に出会った。各務原市を経て、現在、奥様故郷の山県市柿野の田舎である。

For Children

A gift of wheelchairs, canes or Rofstrand Crutches, intellectual toys, literacy education tools for North Korea children with disabilities prepared but yet shipped due to lack of diplomatic relationship with Japan.


朝鮮音楽 Korean music

鶯の里 Nightingale's Village        START for PEACE       <<=       =>>

インターナショナル 幸の花づなの会、と PEACE Ashram. International Sachi no Hanaduna Association

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細江 静男医師, アマゾン先生 Hosoe Shizuo, MD, Amazon Doctor

細江 静男医師, アマゾン先生 Hosoe Shizuo, MD, Amazon Doctor


細江静男医師(1900-1975)、Amazon先生、(南米のシュバイツアー)は岐阜県 益田郡中原村(現下呂市)和佐出身。志は受け継がれている。
Hosoe Shizuo, MD, (1900-1975) "Amazon Doctor" is from Wasa, Nakahara Village, (present Gero), Gifu Prefecture, Japan. A humanitarian doctor's spirit has been succeeded.

「細江静男先生とその遺業」刊行委員会編 Sao Paulo, Brazil で出版され、下呂からの旅行で行かれた湯ノ島のレストラン「更級」のマスターが20冊持ち帰られた由、 下呂市、中原小学校には置かれているので、コピーを手にしている。日本では知ら れていない人物であるし、人道医師は我が故郷の誇りであるので、少しずつ紹介し たい。 旧名岐阜県益田郡中原村(現下呂市)和佐 現在、80 数軒の小さな村である。"南米の シュバイツアー"細江静男医師に続いて農業移民も下呂から、岐阜県から多く行かれている。私のこの家も、実は移民の一人、細江孝正さん、英二郎さんが一家 で行かれたのを、1961年冬に両親が購入したもの。このとき小学4年、英二郎先輩は中学3年で生徒会長、二重、三重に模範の存在がおられる...

Hosoe Shizuo

細江 静男医師, アマゾン先生 Hosoe Shizuo, MD, Amazon Doctor

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July 03, 2011

ベートーヴェン:交響曲第5番、エグモント序曲 5/27/1947


  ベートーヴェン:交響曲第5番 (CD)       

フルトベングラーが非ナチ化(戦犯)裁判に勝利し、復帰第一回目の演奏会3日目の録音である(1947/5/27)。第五交響曲を、これほどドラマチック に、いわば即興的に燃えて演奏した例はない。1943年の、木造のベルリンフィルが焼け落ちる前の、叩きつけるようなライブとともに、持っておきたい至高 の名演の一つである。

同一日の録音、同一音源でも、本物に初めて出会えた感があるので、この日の CD を他のプロデュースで買い多くの友人にプレゼントしてきた贖罪を含め、コメントしたい。LP 1400 番台の疑似ステレオ盤を NHK-FM エアチェックして、驚愕した。しかも、1楽章の終わりでは、楽員の興奮のあまりか、ピッチが少しずつずり上がってしまっている。よくフラットにはなるが、 こういう現象は聞いた事がない。指揮者は気づいていて、1楽章終結直前のフェルマータの後、長いポーズを取りピッチを元に戻すので、一聴、ピッチが下がっ たかの印象を受ける。このエアチェックテープでは、このあたりが明瞭に聞き取れた。

しかし、LPも6000番台になると、この、ライブでしか味わえない不思議なピッチの上下もなく、平板になってしまっていた。音楽之友社や、高名 な評論家もプロデュースに関与されたようである。おそらく電気的に編集を施した盤が、CD でも発売。これ以外なかったから、無理でも買わざるを得なかった。シュワンのディスコグラフィーには、5/25日演奏のみしか載っていなかった。

この CD は、よく注意して、1楽章終結直前を聞いていただきたい。私の指摘を確認できるはず。海外のプロデューサーによって、リマスターされ、息を吹き返した、究極の歴史的名演!! こちらをお薦めする。

尚、フルトベングラーは、「音と言葉」白水社、新潮文庫本、「音楽ノート」「フルトベングラーの手記」など、音楽解釈と言うよりは、音楽哲学を も、多く記し残している。「音と言葉」の中では、第5交響曲のリズムテーマや一楽章について、楽譜に基づき長文で論じているので、参考にされたい。

付記 Delta Classics によるLPからの復刻、第二世代

付記 LP SLGM-1439
'60年代の疑似ステレオ盤を35年ほどぶりに聞いた。上野の東京文化会館 音楽資料室の貴重なコレクション、豪華な器機に感謝申し上げる。この LP、針音もキズもなくきちんと管理され、何千回となく Play されてきた事であろう。既にジャケットはボロボロであるが...


緊張感を伝える椅子のきしみ、聴衆のセキ(最初のみ)、ピアニッシシモでのオーケストラへの鞭(タクトでピシッと二度叩いて注意を促す)。低音か ら開始されるアインザッツ、人声に似たまた時には荒々しい音色、テンポの適切さそして加速減速、リズムの刻みや、低弦のピッチカートに至るまで決して疎か にしてはいない、これら熱狂的な日本人のファン呼ぶ所の"フルトベングラー節"を堪能でき、改めて襟を正さずにはいられなかった。

-- モノーラル音源から彼のために開発された Stereo Transcription による音場の広さ、残響の広がり、これら真のハイファイ(高忠実度)技術を体験できた。プロデュースの違いによってオリジナルの立派さを知る事ができ、音 楽の深さ、音楽探究の底知れなさを味あわせてくれた。日本音楽ファン、レコード大国に 多謝。


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June 17, 2011


シューベルト 交響曲 9番 "The Great" 12/6~8/1942 ベルリンフィルとのライブ録音



凄まじい迫力! すでにコリオラン序曲から気づかされる。実演の彼ならではの特色がよく現れた一枚と言える。牧歌的なホルンによる冒頭はいかにもゆっくりと開始される。しかし、有機的・創造的演奏を求める指揮者の合図によってか、凄まじいテュッティのフォルテ、そして極端とも思われる加速や緩急のアゴーギク、楽器のアタックや、壮絶なスフォルツァンド、しかも緊密な緻密なアンサンブル... これだけでもこの一枚を手に入れる値打ちはあった。尚、文末に Timing 比較を書いてみた。イタ起こしによって、低音含めて楽器の音は非常に美しく、なめらかな自然な音になっている。

この曲は作曲者の死後発見されている。ライプツィッヒに住んでいたシューマンがウィーンを訪れ、ベートーベンとシューベルトの墓に詣でた。その帰途、シューベルトの兄のフェルディナンドを訪問。そこでおびただしい数の楽譜、まるで宝の山を発見する。革命的文化人は、世の迫害に会う事はいつも同じだ。この交響曲もその一つであるが、一見してその価値を見抜き、また練習のあとで恋人クララ(後の夫人)宛に「天国のように長い交響曲」と知らせている。メンデルスゾーン指揮ライプツィッヒ ゲヴァントハウス響によって初演され、世界中のオーケストラのレパートリーに加えられる事になった。「音楽と音楽家」にも翻訳されているが、シューマンの「新音楽」ジャーナルにこの曲が「フランツ シューベルトのハ長調交響曲」としていきさつが紹介され例の「天国的のように長い」という形容詞が使われている。

無謀にも Timing を比較してみた。
当盤 ベルリンフィル   ウィーンフィルとのライブ1953 スタジオ録音盤
1st Mov 13'51        15'02               14'45
2nd Mov 16'50        17'30               17'18
3rd Mov 09'45        09'58               11'16
4th Mov 10'40        11'23               11'38


音楽と音楽家 (岩波文庫 青 502-1) p.168 「フランツ シューベルトのハ長調交響曲」
シューベルト:交響曲第9番「ザ・グレイト」/ロザムンデ序曲 ウィーンフィルとのライブ盤 8/30/1953
シューベルト:交響曲第9番 ベルリンフィルとのスタジオ録音 11~12/ 1951

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June 16, 2011

ベートーベン バイオリン協奏曲とロマンス1,2, Menuhin and Furtwangler

この協奏曲の最も感動的な演奏、二人の最初の共演, 2011/4/12       

  Review: Violin Concerto Romances (CD)       

この、ベートーベンの EMI SP用スタジオ録音に際し、「音楽は河の流れのようなもの、ある時は速く、ある時はゆったりと流れて河口へと向かう」と指揮者は教えたと、後年メニューイン氏は語っている。

Lucerne Festival O.  とのこの盤は、古今のこの曲の演奏の中で、最も感動深く、フランスのフルトヴェングラー ディスコグラフィー作者も薦めている。英米 Amazon で見つけて購入し、何回も聴いてしばらくは涙が止まらなかった。Obama 大統領など多くの指導者にも贈呈申し上げた。

EMI は、LP用の Philharmonia O. との盤ができたら、そちらを優先的に売って、こちらは EMI のリストには既にない。日本では、SP録音のためか、批評家含めて広くは知られていないようである。Amazon JP 以外には日本で求めにくく、同社に感謝申し上げる。

ロマンス1,2 Philharmonia O. と組み合わされて "TESTAMENT(聖書)" レーベルからの販売である。

Violin Concerto & Romances

Bayreuther Festspiele, Furtwangler: Beethoven Symphonie No. 9
第九交響曲 "合唱" の真のライブ ORFEO盤

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May 08, 2011

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番/交響曲第7番 (CD)


暗いが滋味溢れるロマン的演奏を、高忠実に LP 復刻.DreamLife ありがとう, 2011/5/8

 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番/交響曲第7番 (CD)       

10/31~11/ 3/1943 旧フィルハーモニー, ベルリンにて

戦時下の、これらフルトヴェングラー録音テープ含め器機やコンセントまでソ連軍に持ち去られた。彼の地でメロディア レーベルで販売されたもの。今回その希少な LP から復刻されて良質の音でプレスされている。LP 時代から評価の高い演奏だがモノラル音の不自然さに、何度か CD も取っ替え買い直した。DreamLife 社のおすすめ盤の第一として購入し自然な楽音に溜飲を下げている。SACD ハイブリッド、復刻の背景となる分厚い解説付き。

コンラート・ハンゼンは来日時の印象では、平凡なピアニストとの印象らしい。しかし、ここでは巨匠のサポートの元、極めてロマンチックな冴えを見 せ、バックハウスにも劣らない。ピアノから静かに開始されるが、オケのテュッティは、凄まじい爆発を見せる。冒頭、指揮者が何度もタクトでピシッと叩いて (フルベンにはよくある)注意をうながしている。この楽章のカデンツァは、非常に長く、アパッショナータの主題まで出てくるが、おそらく指揮者のアイデア も、入っているだろう。

第二楽章は、ピアノとオーケストラが交代して掛け合いを見せるが、ゆったりしたテンポ、弱音のピアノとフォルテのオケが説得力を持って迫ってく る。この楽章の終結部分は非常にゆったりとしてロマン的に締めくくるが、テンポがよく持つと思われるくらい遅く、死んでしまうかのようにゆっくり静かに終 わる。他の演奏にない暗い印象。

フィナーレはいつものように活気に満ち聴いていて元気づけられる。エトヴィン フィッシャーとの5番"皇帝"よりも好きになってしまった。LP 復刻や良質なプロデュースは DreamLife 盤の他は見あたらない。

交響曲7番については、フルトヴェングラーのレコードもいくつも存在するし、EMI のスタジオ録音始め感動的であるが、この大戦時の演奏は、エネルギッシュにスフォルツァンドを効かし、"リズムの権化" にふさわしいものだ。リズムとディナーミクは一体のものであることを感じさせてくれる。

フルトヴェングラー 音と言葉
音と言葉 (新潮文庫)
フルトヴェングラー 音楽ノート
回想のフルトヴェングラー (1982年) (白水叢書〈62〉) エリーザベト夫人による an English essay 英語論文

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